関宿の西部、新所にある町家の袖壁(そでかべ)に付けられた漆喰彫刻(しっくいちょうこく)です。
袖壁とは、火災時に隣家からの類焼を防ぐため、隣家に接した町家の両端にある建物から突き出た壁のことです。図案は、波打つ川面から鯉が飛び跳ねた瞬間が切り取られています。
いわゆる「鯉の滝登り」と呼ばれるものです。
「鯉の滝登り」は、中国黄河にある急流「竜門」を登りきった鯉が龍になったという中国の故事がもとになっていて、「登竜門」としても知られています。鯉幟の元になったとも言われています。
“成功に至る関門”の意味で、「立身出世」や「武運長久」といった家の隆盛への願いが込められているわけです。
関宿の町家には、普通にまちを歩いているだけでは気づかない、このようなちょっとした彫刻や細工がよく見られます。
“職人さんの遊び心”なんて言われることもありますが、単純に“遊び心”とは言い切れない、100年以上前のその家を建て、暮らした人たちの想いに触れることができてとても面白いのです。
この漆喰彫刻は、1階庇の瓦屋根、建物の前面壁、袖壁が3方向から交わる位置にあります。この場所は、いろいろと装飾を付けたくなる場所ではあるのですが、「鯉の滝登り」に実にぴったりな場所なのです。
というのも、庇の瓦屋根が急流の水の流れに「見立て」られているからです。
「見立て」とは、“あるものを、ほかのものでなぞらえること”で、日本庭園ではよくつかわれる手法です。
植栽や岩を山や島などになぞらえる。枯山水では敷き詰めた砂で水の流れを表現するなどです。
つまり、ここでは庇の瓦の積み重なりを急流に「見立て」た上で、急流から湧き上がる水しぶきと、急流を登り切るために飛び跳ねた鯉を漆喰で追加したのです。
漆喰職人たちの優れたデザインセンスに感嘆するばかりです。
※この漆喰彫刻を見つけるためのヒント
●関宿新所、街道の南側にある。東から西へ向かったほうが見つけやすい。