関宿のまちなみ保存について その2

(6)関宿のまちなみ保存

 2回目の今回は、講座の中盤です。
 町並み保存事業の具体的な内容についてお話します。

※この投稿は、先日、コロナ緊急事態宣言下でさせていただいた関宿に関するweb講座の口述原稿を基に、うまく話せなかったこと、話しきれなかったことなどを含め、加筆修正したものです。

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3)まちなみ保存制度の考え方

 では、まちなみの保存事業について少し具体的にお話したいと思います。

 関宿のような古いまちなみは、法律の用語では「伝統的建造物群(でんとうてきけんぞうぶつぐん)」と言います。この「伝統的建造物群」は、文化財保護の基本法である文化財保護法に位置付けられています。つまり、関宿のまちなみ保存の基本は“文化財の保護”ということになります。

 文化財保護法では、「伝統的建造物群」という文化財は、

「周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群で価値の高いもの」(文化財保護法第2条第1項6号)

と定義されています。この定義の中で使われている「歴史的風致」という言葉は、文化財保護法の中では定義されていませんが、平成20年に制定された「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(歴史まちづくり法)」において、

「地域におけるその固有の歴史及び伝統を反映した人々の活動とその活動が行われる歴史上価値の高い建造物及びその周辺の市街地とが一体となって形成してきた良好な市街地の環境」(歴史まちづくり法第1条)

と定義しています。

 法律用語のややこしい言い回しやその解釈はここではさておくとして、大雑把に意味を整理しますと、「伝統的な建造物が一定の範囲に集中して残っている地区の環境を保存する」ということになるでしょうか。

 ここで、“歴史的な景観”とは言わず、“地区の環境”と言ったことには重要な意味があります。一般に“町並み保存”というと、“景観の保存”と理解されていると思います。しかし、ここで“地区の環境”という言葉を使ったのには、保存すべきものが、“歴史的な景観”だけでなく、地域の歴史や風習、気候風土、古い建物を維持してきた様々なシステム、周辺の山々の自然と言ったものまで含まれていると考えるからなのです。

 では、その“地区の環境”をどのように保存するというのでしょうか。これは極めて単純です。保存地区内にあるモノ(特に個々の建造物)を適切に保存することで、結果として“地区の環境”が保存されるという考えなのです。

 “地区の環境”は様々なモノが集まって形成されています。そのひとつひとつのモノを適切に保存すれば、自ずと地区の環境は保存される。という訳です。

 そういう意味では、「宿場町らしさ」(とか「東海道らしさ」、「伊勢らしさ」とか)を目指すものではありません。“地区の環境”を保存した結果の、その姿こそがまさに「宿場町」(宿場町・東海道・伊勢など)なのです。


4)個々の建造物を対象とした修理修景事業

 そこで大切になるのが、保存地区にある一つひとつのモノ、特に建造物をいかに適切に保存するかということになります。そして、一つひとつの建造物を適切に保存する方法というのは、文化財に指定等されている建造物に対して行うのと同じ方法以外にはありません。

 ここで、話を進める前に、伝統的建造物群保存地区の中にある建造物について、少し説明しておくことにします。伝統的建造物群保存地区の中にある建造物は二つに分類されています。地域の特性を顕著に示している(建てられてから年数を経た)建造物と、それ以外の建造物です。前者を「伝統的建造物(でんとうてきけんぞうぶつ)」、後者を「非伝統的建造物(ひでんとうてきけんぞうぶつ)」と言います。

保存地区と保存事業のイメージ @関宿まちなみ研究所

 「伝統的建造物」は、建てられてからある程度の年数を経ている建物ですから、保存する対象として特定されており、取り壊しはもちろん、外観を変更する行為などに厳しい制限を受けます。その反面、伝統的建造物にかかる固定資産税が免除されるほか、修復等の際に受けることができる補助金等が優遇されています。こうした、「伝統的建造物」を対象とした修復等の行為を「修理(しゅうり)」と呼びます。

 一方、「非伝統的建造物」は、すでに新しく建て替えられていたり、敷地の背後にある付属屋などで、改築などを行うことはできますが、その際には周囲の歴史的な景観と調和した用途や規模、外観にすることが求められます。こうした改修工事にも補助金の交付は行われますが、伝統的建造物の修理に比べるとその金額や補助率は抑制的になります。こうした、非伝統的建造物を対象とした、周囲と調和を図る改造等の行為を「修景(しゅうけい)」と呼びます。

 伝統的建造物群保存地区で行われているまちなみ保存事業の中心は、これら二つを合わせた「保存修理修景事業(ほぞんしゅうりしゅうけいじぎょう)」です。

 では、個々の建造物を対象とした保存修理修景事業がどのように進められているのかをご説明します。

 保存修理修景事業の流れを示したのが、この図です。左側が工事を行う施工業者の仕事で、右側が工事を指導・監督する行政や設計事務所の仕事です。

修理事業の流れ
@関宿まちなみ研究所

 工事の内容は前半の「部分解体」とそれ以降の「修理」に分かれます。一方、修理指導や監督の流れは、工事前にの「現状・復原調査」「方針・計画立案」、「部分解体」時に行う「解体調査」「方針・設計変更」、「修理」時に行う指導や記録作成、工事完了後に行う「検査」「記録保存」と流れていきます。これらを、所有者(施主)、行政・設計者、施工者が連携・協力しながら進めていきます。

 それぞれの作業を、もう少し詳しく説明します。

 まず、工事前に行う「現状・復原調査」では、建造物の実測調査等により現状の記録を作成するとともに、建物に残る改造の痕跡などを頼りに、建造物が建てられてから現在まで、どのような変遷を辿ったのかを明らかにします。この時、建造物が写った古写真などを探すこともあります。同時に、雨漏りなどによる建造物の破損状況の把握も行います。

痕跡調査
 調査によりその建造物の以前の姿が明らかになる@関宿まちなみ研究所

 「方針・計画立案」は、これら調査の結果を基に破損個所の補修、復原の方向性を決定し、所有者の意向等を踏まえて工事のための図面等を作成する段階で、これを終えると必要な手続きを経て工事に着手します。

 工事が始まると最初に行うのが「部分解体」です。建造物には建築後、内装材など様々な付加物が付けられています。これら付加物を取り除き、建造物の構造体である軸組(じくぐみ)をあらわにし、修理が可能な状態にすることを「解体」と言います。

 この「解体」の過程でも、さらに詳しく、破損個所の状況や改造痕跡の調査を行います。解体前には見ることができない隠れた所が多くあるからです。この解体時の調査結果を踏まえ、必要があれば修理方針や計画の変更を行います。最終的にどのような形に復原されるかは、この段階で決定することになります。

 「修理」の段階では、修理方針・計画に基づいて工事が行われているかどうかを確認しながら、修理工事の過程を「記録」していきます。この「記録」は、修理後のその建造物の活用や、数十年後に再び訪れる次の修理の折の資料として保存されていきます。

 以上が、保存修理事業の大まかな流れです。


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5)まちなみ全体の整備

 まちなみの保存で、次に必要になるのが、まちなみ全体を対象としたさまざまな整備です。

 古い建物が残る地区というのは、様々な生活基盤の整備が遅れがちになっている場合があります。上下水道や消火栓などの防災施設、集会施設などです。また、まちなみの見学者が増えれば駐車場や公衆便所、案内板など見学者のための利便施設が必要になってきます。町の歴史を伝える博物館や資料館などの施設も必要になるでしょう。伝統的建造物群保存地区では、こうしたまちなみ全体に関わる取り組むべき事項を「保存計画」としてまとめ、計画に従って順次整備を進めていきます。

 関宿では、町並み保存が始まって以降、保存地区の電線・電話柱の移設、下水道の整備、路面舗装の改良、資料館の整備などを順次進めてきています。

電線・電話柱がないまちなみ
 街道の正面に地蔵院の屋根がある

 ただ、こうした事業は、保存地区住民が快適に、そして安心して保存を進めていけることを目指すと同時に、「環境の保存」を目的とするものであることを忘れてはなりません。

 電線・電話柱の移設は、町の美観を整えるのに特に効果的な事業ではありますが、関宿の場合は、街道の正面に地蔵院の屋根が見えるという景観を取り戻すことにより、関宿の成り立ちを見る人にわかりやすく伝えるという目的も持っていました。

 関宿旅籠玉屋歴史資料館、関の山車会館など施設の整備も、見学者に地区の歴史を伝えるにとどまらず、保存地区住民の交流や、保存活動の場として活用されることが目指されています。


6)まちなみ保存への建築技術者・技能者の関わり

 まちなみの保存には、多くの建築技術者・技能者の参画が不可欠です。

 修理事業では、建造物の変遷を正しく理解し、修理法について知識を有する建築技術者が必要です。修景事業では、設計者が保存地区の伝統的な建築意匠を正しく理解している必要があります。工事にあたっては、伝統的な建築技術・技法に習熟した技能者が不可欠です。まちなみ全体を整備するうえでは、文化財を正しく都市計画に位置付けておく必要もあります。

 関宿では、昭和60年(1985)から、伝統的な建造物について専門的な知識を持つ建築技術者を配置し、あわせて学識経験者の指導を受けながら、様々な事業に対応してきました。平成20年頃からは専門の技術者や学識経験者の指導の元、三重県のヘリテージマネージャー講習を受講・修了された設計士さんが設計・監理を行うようになっています。

 保存地区内で活動する施工業者さんも、修理事業を数々経験する中で、伝統的な技術に習熟しています。しかし、保存修理修景事業は、年間の実施数が限られているため、多くの施工業者さんに参画いただくことは難しい状況です。また、古い建造物の修理では様々な職種が協力体制を組みますが、木製建具、板金、左官、えつり・荒壁付け等、後継者がいないなどの理由で技術の伝承が難しくなっている職種もあります。

 こうした建造物を保存するための技術の伝承や習熟のためには、たとえ年間の実施数は少なくても、毎年毎年継続して事業を進めていくことが大切だと考えています。

(つづく) 

「復原」という言葉について
 「復原」、「復元」(いずれも“ふくげん”とよむ)のどちらが正しいのかと聞かれることがよくあります。新聞では「復元」のみが使われますので、「復原」を使うと誤りではないかとのご指摘を受けることもあります。しかし、建造物の保存に関わる業界の中では、この二つを意味を分けて使い分けています。
 まず「復原」は、現存する建造物を、建物に残る痕跡や史資料に基づいてある時期の姿に復することを言います。伝統的建造物群保存地区での修理はこれにあたります。
 一方「復元」は、過去には存在したが現存はしない建造物を発掘調査による知見や史資料に基づいて再現することを言います。
 対象や扱う史資料が異なるため使い分けてはいますが、史資料等の十分な調査に基づいて、根拠をもって古い姿をよみがえらせているという意味では全く同じです。


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