唯一無二の装飾瓦

(3)特色のある町家と細部意匠

 関宿にある町家には様々な装飾的な要素がさりげなく取り入れられていることは、このブログでも何度も取り上げているところです。
 装飾を取り入れやすい建物の部位の代表例が瓦です。
 今回は、関宿でもたった一つしかない、とても風情ある瓦のお話です。


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唯一無二の瓦

 そんな唯一無二の瓦があるのは、関宿の中町にある「吉野家」という屋号で呼ばれている町家です。二階前面が虫籠窓のある漆喰大壁で、一階前面右手に出格子戸が付けられた、明治時代に建築された町家の典型的な外観をしています。

 さて、今回の主人公、特に皆さんに見ていただきたいのはその庇屋根の軒瓦なのですが、まず最初に気が付くのは、軒先の瓦のひとつひとつに渦を巻く水の流れが象られていることです。

 屋根と言えば今では当たり前の瓦ですが、江戸時代の中頃から防火のために広く使われるようになりました。瓦が焼き物であるため、他の屋根材、板や萱にくらべて格段に防火能力に優れていたからです。

 瓦はもともとその重なりが水の流れに例えられることもあり、また、“火を伏せる”意味から“水”に関わる彫刻などが取り入れられることも良くあるのです。

 つまり、庇屋根の軒先に流水紋があるということも、まずは火伏の願いと理解できます。と、理解できたとしても、ひとつひとつの瓦は、渦の形や水の流れ方が違っていますから、もちろんひとつひとつが手づくりで、とても手の込んだ瓦ということができます。


流水の中にあるモノ

 これだけでも十分手の込んだ装飾になっているのですが、注目すべきはさらに流水の中にあります。

 ゆっくりと水の流れを目で追っていくと、流れの中に特徴的な形をした二つの“モノ”があることに気が付きます。
 一つは、先が割れた丸い花弁が5枚組み合わされた桜の花びら。(このマーク、大阪万博(EXPO’70)のマークを思い出します。)
 そしてもう一つは5つに先が尖った葉っぱ。そう楓(かえで)の葉です。(こちらはカナダ国旗が思い浮かびます。)

左に楓、右に桜、上には三枚笹も・・・

 そうなんです。水の流れの中に桜の花びらと楓の葉が流れているのです。なんて風流なんでしょう。風流の意味は分からなくても、何となく美しい風景が頭の中に思い浮かんできますよね。

 でもちょっと待ってください。桜は春。楓は秋を代表するもの。この二つが同時に流れるなんてことなんて実際にはあり得ないじゃないですか。

 そんな疑問ももちろんのことなのですが、そこに重要な意味があるんです。
 一つは、春と秋をそれぞれ代表する風情ある様を合わせることで、より美しく見せようとしているということ。
 そして、季節の異なる二つを同居させることで、逆に季節を問わない文様になっているということなんです(※1)。

 実は、この桜と楓を組み合わせる文様は「桜楓紋(おうふうもん)」と呼ばれる、江戸時代から着物や食器などによく使われてきた文様なんです。

我が家にあった「桜楓紋」の皿

 常日頃から変わることなくそこにある建物に、季節感が強すぎるのは禁物です。着物や食器でも、季節が限定されれば使える時季まで限定されてしまいます。四季の変化が大きい日本ではなおさらです。
 あでやかで風流、かつ一年を通して使うことができる「桜楓紋」は、日本的でかつ使い勝手の良い文様と言えるのです。


そうだ京都へ行こう(ちょっと寄り道)

 ちょっと寄り道をして「桜楓紋」の故郷を訪ねてみることにしましょう。

 この桜楓の絵柄でよく知られた絵が京都智積院にあります。
 「紙本金地著色桜楓図」(国宝)です。この絵、「大書院」の壁にいっぱいに張り付けられていた障壁画です。豊臣秀吉が「祥雲寺」(智積院の場所にもともとあった寺。智積院が後に引き継いだ)のために描かせたものとされ、「桜図」を長谷川等伯の長男久蔵が、そして、桜図完成の翌年若くして亡くなった久蔵にかわって、父等伯が「楓図」を仕上げたと伝わっています。

 若くして亡くなった息子が描いた桜は若く力強い大木で、愛する息子を亡くした父等伯が描いた楓が古木。こうしたドラマも見る側の感動をより高めてくれます。

 国宝に指定される原画は「収蔵庫」に保管展示されており拝観が可能です。また、「大書院」(障壁画が本来あった場所)には複製された障壁画がありますので、豪華な桃山建築を愛でるならこちらもぜひ拝観してください。


もう一つの工夫

 さて、話をもとに戻しましょう。

 この建物のこの場所に「桜楓」を持ち込むにあたっては、もう一つの工夫がされています。それは、桜楓と水の流れを組み合わせた事です。
 庇の軒先瓦の並びを、花びらや葉が流れるひと筋の小川に見立てたのです。このことにより、その様はさらに風情豊かになるとともに、瓦に本来ある防火への願いも込められたのです。

 こうした手の込んだ、そしてよく考えられた装飾を、“古き良き時代の職人芸”とか“職人の遊び心”と決めつけてしまうことを私は好みません。

 確かに、こうした装飾を形あるものにするには職人さんの素晴らしい技術が必要です。しかし、こうした装飾は、施主、作り手、町の人、それぞれがその形、装飾が意味するところを理解していなければ、意味をなさないのではないかと思うからです。

 そこには、同じ時代に生きる人たちが持ちえた“素養(平素の修養によって身につけた教養や技術)”があったはずなのです。そのことにこそ、驚き、感動し、尊敬の念を抱くのです。

 この建物が建てられた時代、お施主さんが、職人さんが、そして通りを歩き日々見上げた人々が共通して持つ“素養”が存在していたはずなのです。そしてそれは、日々の暮らしの中で身についていったもののはずです。しかし、残念ながら現代に暮らす私たちには、まったく縁遠い存在になってしまっているのですす。

 古いまちなみを、暮らしながら保存していくことの意味は、こんなところにこそあるのかもしれません。


※1 屋根の付け根(のし瓦)に笹の葉があることに気が付かれた方があるかもしれません。「三枚笹」と呼ばれる文様です。
 笹の葉と言えば、「ささのはさらさら・・・」の歌とともに、七夕が思い浮かびます。つまり夏のイメージになるのかもしれませんが、おそらくここでは、笹が“常緑”であること、つまりは季節を問わず緑であるという点に意味があるのではと考えています。


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