“せこ”の先にはお寺がある

(2)まちなみ景観の特色
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 関宿を貫く東海道は、場所によって曲がりはありますが、関宿の中をほぼ東西にまっすぐ通っています。

 東海道は天下の往来。日々、旅人たちで賑わっていたのですが、こちらを関宿の表の顔とすると、関宿に暮らした人たちの日常があらわれる道、それが“せこ”(“せこみち”ともいう)でした。

 “せこ”は、古い絵図などを見ると「耕作道」と書かれることがあります。関宿に暮らした人々は、普段は街道を旅する人々を相手とした商売(旅籠や様々な物品の販売など)を生業としていましたが、日々の生活に役立てるため農作業も行っていました。関宿に生活した人々がまちなみの裏側にある田畑へ耕作のために通る道、そして、周辺の農村の人たちがまちなみへの行きかえりに使ったりした道だったのでしょう。

 さて、東海道は宿場を東西に貫いているため、“せこ”は必然的に南北に延びています。東海道から南に向かう“せこ”は、鈴鹿川の氾濫原となっていた河岸段丘の下までつながっています。現在は国道1号線やJR関西本線の線路に行き当たります。

せこ 正面は瑞光寺

 一方、北側に延びる“せこ”の突き当りには、必ずと言ってよいほどお寺の門や本堂の屋根が見えています。関宿には10の寺がありましたが、そのうち9ケ寺が東海道の北側に境内があり、また、お寺の境内は、正面を南に向けることが多かったことから、こうした“せこ”の景観ができたのでしょう。

 お寺は、宿場に暮らす人々にとっては、檀家寺として先祖から子孫まで長い付き合いのところです。そのお寺が狭い道の正面に見える。“せこ”は関宿に暮らした人々の信仰の道でもあったのですね。

 東海道から人がやっとすれ違えるような“せこ”に入ると、旅人で賑わう華やかな表通りとは別世界です。流れる空気、聞こえてくる音、そして漂う匂い。宿場で暮らす人々の飾り気のない普段の生活を感じてください。

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※この場所に行き、実際に見るためのヒント

●関宿を歩けば各所にあります。
●現在はお寺の参道として石畳に整備されています。
●“せこ”は住民の生活の場です。プライバシーの保護には十分ご配慮ください。

<参考にさせていただいた本など>

『鈴鹿関町史 上巻』昭和52年/関町教育委員会
『関宿 伝統的建造物群保存地区調査報告』昭和56年/三重県鈴鹿郡関町

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