“地縁”“血縁”の整理
- By: 関宿まちなみ研究所
- カテゴリー: ”関宿”まちなみ暮らし
いよいよ「古い町家」の売買となったとき、“そもそもこの土地と建物は誰のものなのか”が大問題となる。“えっ?”と思われるかもしれないが、登記簿上の土地・建物の所有者がこの世に存在しないことはごく普通にあるのだ。
土地や建物にかかわる権利関係は、法務局もしくは地方法務局に備えられている帳簿(これが「不動産登記簿」)に記載され管理されている。土地・建物の所有者を知るためにはこの不動産登記簿を閲覧すればよく、手数料等を支払たが、現在では登記情報が電子化されていているため、ネットで「登記事項要約書」を取り寄せることもできるようだ。
なぜ土地・建物の所有者がこの世に存在しない場合があるかというと、所有者の死亡などによって代替わりがあったとしても、これによる所有者の異動を登記する(これが相続登記)、要は不動産の所有者名義を被相続人(亡くなった方)から相続人(引き継ぐ方)へ変更することが行われていないためである。
このことは、今まさに社会問題にもなっている。
話を元に戻すが、不動産の登記簿上の所有者が、すでに亡くなっている先代、先々代ということは、古いまちではごく当たり前に存在する。これは特に違法なことではなく、登記は必要が生じたときに行えばよいので、土地建物の売買契約に先立ってやっていただければ良いことなのだが、必要な手続きを考えた場合には、相続登記が遅れれば遅れるほど厄介なことが生じる可能性が高まるのだ。
土地・建物は、被相続人から相続人に引き継がれる遺産の中でも、最も資産的評価が高いものである。これを正式に相続するためには、相続する権利を有する相続人全員の合意が必要で、その証として「遺産分割協議書」が作成される。
土地・建物など遺産の分割の仕方にはいくつかの方法がある。
・他の遺産を含めて現物のまま分ける方法(「現物分割」)。
・遺産を売却等したうえでそのお金を分割する方法(換価分割)。
・一人の相続人がすべてを相続する代わりに、他の相続人にその相続権利(これを「遺留分」という)に応じて金銭を支払う方法(代償分割)。
・それぞれの相続権利に応じて共有する方法(共有分割)。
などだが、相続の発生は登記簿上の所有者が亡くなった時であり、売買等を前提として、遅れて相続登記を行う場合には、換価分割か共有分割が基本になってくるのだ。
そこで、分割のために改めて相続人を整理する必要が生ずる。
まずは、相続人の人数である。相続人の人数は、被相続人の代が遡れば遡るほどネズミ算的に増えていくもので、被相続人が亡くなった時点では配偶者と子くらいだった相続人は、時がたてば子の子、孫へと伝わっていき、相続人が数人という場合はむしろ幸運で、多い時には数十人という場合さえ考えられるのである。これを確認するためには、被相続人から相続人に至るまでの戸籍を、一つ一つ丹念に調査していく必要がある。
次に、相続人相互の関係性である。相続人の人数が増えていくと、相互の関係は叔父叔母・甥っ子姪っ子、従兄弟・従姉妹とだんだんと薄くなっていく。これくらいの範囲であれば何とか関係が維持されていることも多いが、もし何らかの事情で日常の関係が薄くなっていたり、親族間に別の争いがあったりすると、話はまとまらないということも生じるのである。
さらにさらに、こうした親類縁者を含めて精算しなければならない相続財産が、売買したい目的の土地・建物だけとは限らない。まちなみの周辺に農地や山林を所有している場合には、どうせ相続を整理するのであれば、そうした他の相続財産も同時に処理していきたい。こう考えるのが道理である。
まちなみに面した土地や建物は、農地や山林などと比べると優良な財産である。一方で、農地や山林は他の法律による制限もあって売買しにくく、セットで売買できるならともかく、比較的優良な物件である町家だけの売買を進めると、逆に売買しにくいものだけが残ってしまうという結果を招いてしまうのだ。
“田畑を耕しながらの自給自足の生活を”と夢見ておられる方もいらっしゃることとは思うが、残念ながら私にはそうした嗜好は全くないのだ。
さて、通常、古い町家の売買に関する交渉は、長年古い家を実際に管理し、固定資産税の納付などを行ってきた「納税代表者」と話を進めていくことになる。この納税代表者は、複数人いる相続人の代表者でもある場合が多く、売買の話を進める上ではこの人を置いてほかにいない存在である。こと相続に関しては、買う手側が関わることはできない話なので、その全てをこの納税代表者にお願いしていくしかないのである。
いざ手続きが始まれば、関係者が近くに生活していれば一軒一軒を回ることも可能だが、すべての人が近隣に住んでいるとは限らない。他府県に転居していることもままあることで、電話一本で済ませられる性格の話ではないのである。必然的に納税代表者の負担を著しく増大させていくことになるのだ。
それでも、「納税代表者」(相続代表者)が得をすることであればそれも我慢できるが、不動産の価格は相続人が多いからといって高くなるわけはなく、むしろ相続人が多ければ多いほど一人頭の取り分は少なってしまう。つまり、納税代表者は苦労が多いだけ割りに合わない作業をしなければならなくなるのだ。
また、近隣に住まない親類縁者は近所づきあいをあまり気にはしない。納税代表者が塩梅よくやってきてくれているからだ。納税代表者は近隣住民への気配りもしなければならないのだ。
こうした整理を個人で行うことは難しい。ましてや、納税代表者にすべてをお願いすることは心苦しい。いや売買そのものをあきらめるのと同じ事なのである。多少の費用は覚悟のうえで専門家(司法書士や土地家屋調査士など)に依頼することが得策である。
話は長くなってしまったが、言いたいことは、古いまちなみの中での土地・建物の取引は、単なる土地・建物の処分ではない。
売り手には、その土地・建物を介してつながっていた地縁・血縁を整理していただかなければならないということである。買い手としては、このことを十分心得ておく必要がある。