町家のオープンスペース

”関宿”町家暮らし
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 関宿の街道に面した屋敷の中にはわずかばかりだがオープンスペースがある。オープンスペースとは言っても屋敷内の屋外空間、つまりは建物が建てられていない場所である。関宿のように街道に面して屋敷が連なる“まちなみ”では、それぞれの屋敷内に暮らしに必要ないくつかの建物が配置されている。オープンスペースはこの屋敷内に配置された建物の“すき間”といってもよいかもしれない。

 しかし、この“すき間”が古いまちなみや町家で快適に暮らしていくためには極めて重要で、ここには先人たちの知恵がたっぷりと込められていているのである。

屋敷内の合理的な建物配置

 屋敷の中にどのような建物が配置されているかを改めて見てみよう。
 関宿のように街道に沿って続く“まちなみ”では、それぞれの屋敷は間口が狭く、奥行が深い、いわゆる「ウナギの寝床」と言われるような細長い敷地形状をしている。「ウナギの寝床」状の屋敷では、街道(街路)に面しているのはほんの一部分で、他のほとんどは隣家と接している。
 そうした敷地形状の中に、主な生活の場となる居室がある「主屋(おもや)」、主屋を補完し風呂や便所などが置かれる「角屋(つのや)」、隠居屋などとしても使われる「離れ」、貴重品や商品が収納される「土蔵」、保存食品や農機具などが収納される「納屋」や「物置」(主屋以外は一括して「付属屋」と呼ばれる。)などが配置されている。
 主屋は、街道に面した位置に間口いっぱいに建てられている。このため、主屋は街道(街路)、両隣家境の3面で屋敷外に直接面している。「離れ」、「土蔵」、「納屋・物置」などは、屋敷内の他の建物とは離して建てられており、この建物の間がオープンスペースとなるのであるが、それぞれの建物は最低一面では隣家に接して建てられており、敷地を区切る役割も同時に担っている。そしてこれらの建物によって区切られない敷地境には「塀」が設けられる。

 つまり、それぞれの屋敷は主屋、付属屋や塀により四周を囲われ、隣家と仕切られているのである。このように道路境や隣家境となる屋敷の四周に建物を接して建てる方法は、建物に屋敷の境の役割をも持たせ塀の設置を最小限にとどめる“経済性”と、屋敷内のオープンスペースを可能な限り広く確保する“効率性”を同時に果たしており、「ウナギの寝床」状の敷地では極めて合理的な建物の配置法と言える。
 加えて、街道(街路)に面した部分だけ戸締りをしっかりしておけば、隣家を経由しなければ屋敷に侵入することは難しく、屋敷の保安やプライバシーの確保という観点からも合理的である。こうした合理性の中で、屋敷内のオープンスペースは、極めて私的な屋外空間として確保されているのである。

隣地境における「お互い様」の関係

 こうした建物配置を、一つの屋敷からではなく広く“まちなみ”という観点から考えると、二つの屋敷の境はいずれか一方の屋敷に含まれる建物(塀を含む)によって仕切られており、一方が建てた建物を双方で屋敷の境として使用しているのである。

裏庭に面した隣の家の壁

 言い換えれば、建物の場合は隣地境に面する壁を、塀であれば一方の面を、建物の所有者ではなく隣家の居住者が見ることになる。当然この部分も建物を所有する側の持ち物であるので、美しく整えておく必要があるし、破損などがあれば隣家に入らせてもらって直す必要が生じる。
 こうした方法によって双方が建物や塀をそれぞれ建てて屋敷を仕切る不効率を防ぎ、建物や塀を双方がお互い見守るという「お互い様」の関係が成り立つのである。

 「我が家からは見えない場所なので適当でいい」とは決してならないのだ。現に、我が家の庭に面している隣家の付属屋の壁は、我が家を直したときに隣家がきれいに整えてくれた。同様に我が家の隣家に面した部分も私が適切に管理していく必要がある。

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屋敷内のオープンスペース

 屋敷内のオープンスペースに話をもどそう。
 屋敷内のオープンスペースは、屋敷内の合理的な建物配置によって生み出されたものなのだが、屋敷内の位置関係で「前庭」、「中庭」、「裏庭」に分類される。この名称は、このブログの中での便宜的な呼び方と理解していただきたい。

 まず、「前庭」は街道に面した位置にあるオープンスペースで、街道に面した部分には高い塀があり、塀の一部から前庭に入ることができるようになっている。座敷への特別な出入口でもある。「前庭」は関宿では特に間口の大きな屋敷にしかなく、数は多くない。

 次に「中庭」は、主屋、角屋、土蔵や離れ、隣家境の塀に囲まれた方形のオープンスペースで、主屋座敷に面していることもあって、庭木を植え、石や手水が配されて観賞用の庭園ともなる。関宿の町家には必ずあると言って良い。【※関連記事「小さなプライベート・ガーデン “中庭”」

四方を建物と塀に囲まれた「中庭」

 次に「裏庭」は、主屋、角屋、土蔵、納屋や物置などの付属屋に囲まれたオープンスペースで、それこそ屋敷内の残地である。以前は様々な作業場として使われてきた。現在でも洗濯物を干したり、寒い冬の日向ぼっこもまさにここである。 「裏庭」は屋敷の裏手に続いていて、畑や雑木林となっていることもある。現在は駐車場として使用されることも多い。【※関連記事「町家の春は裏庭から」

オープンスペースの侵食

 さて、こうした屋敷内のオープンスペースが現在どのようになっているかというと、家業の変化や家族の増加などによって、オープンスペースが縮小していたり、存在していない場合も多い。
 家族が増えて部屋が必要となると、建て替えるよりもまず屋敷内のオープンスペースに増築が行われるからだ。あるいは平屋であったものを二階建てに改造する。若い家族や隠居する年寄りのために別棟の離れを建てるといったことも行われる。

 こうしたことにより、一時の必要には答えられるものの、屋敷内の屋外空間は次第に侵食されていくのである。屋外空間の減少は、すなわちそれらが担っていた生活環境を守るための役割も消失させてしまう。屋敷内のオープンスペースは、町家の通風や採光を確保することに有効とされており、こうした効果が失われるということは、生活環境を悪化させてしまっているということなのだ。そして、役割を失い環境の悪化したオープンスペースはさらなる侵食の対象となっていくのである。

 ひとつの屋敷だけのことであれば、これもやむを得ないのかもしれないが、先ほども書いた通り、オープンスペースは両隣との「お互い様」の関係の中で成り立っている。影響は両隣にも及ぶのである。
 一つの屋敷に高い建物が建てられれば当然隣家に影を落とす。となれば、隣家でもオープンスペースの侵食が始まるのである。こうして、一つの屋敷で起こったオープンスペースの侵食は、両隣にも影響を与えながら拡大していくのである。このことが古い町家での暮らしの不便さや、暮らしずらさの一要因であることは確かである。

“まちなみ”全体で考えていく

 屋敷内のオープンスペースを暮らしの豊かさのためにうまく活用していることは、都市的な住居の大きな特徴のひとつでもあり、“まちなみ”の歴史の中で培われてきた快適な暮らしのためのシステムといってもよい。“まちなみ”全体でその改善に取り組んでいく必要があるのではないだろうか。

 近年、関宿でも居住者の高齢化や空家の増加が不安視されている。古い町家の今後の担い手が減少している状況は確かに深刻ではある。しかし、屋敷内のオープンスペースを取り戻し、屋敷内の居住環境を再び整えていこうと考えれば、大きなチャンスでもある。増築などによって増えすぎた屋敷内の建物を減らし、オープンスペースが本来持っていた力をよみがえらせることがぜひとも必要である。“まちなみ”を快適な生活空間としていくためにも、屋敷内のオープンスペースの復活、再生を切に願うのである。

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