(3)特色のある町家と細部意匠

<まちなみ案内>

“宝珠(ほうじゅ)”は旅籠玉屋のトレードマーク

 ここは、「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と言われた関宿を代表する大旅籠のひとつ「玉屋」です。

 玉屋はその当主が代々「利(理)右衛門」を名乗り、現在地である中町北側で旅籠を営んでいました。多い時には100人を超える宿泊客があったといいます。

 外から見ると建物の正面の虫籠窓が“宝珠”の形にかたどられています。宝珠は仏教に由来する縁起の良い印ですが、旅籠玉屋の屋号「玉屋」にちなんで虫籠窓としてかたどられたのでしょう。

 “旅籠玉屋”は、屋敷地と屋敷内にある建造物が市の有形文化財(建造物)に指定されています。また、平成9年(1997)からは「関宿旅籠玉屋歴史資料館」として公開されています。館内には旅籠であった当時の様子が、玉屋に残っていたお膳や食器類などによって再現されているとともに、江戸時代の旅に関する史資料や浮世絵などが展示されています。

 旅人になった気分でどうぞゆっくりとご覧ください。

【※関連記事:「隠れた関宿名物“摺り上げ戸”」

※下に「深読みコラム」があります。

「旅籠玉屋」 宝珠の虫籠窓が目を引く

<この場所に行き、実際に見るためのヒント>

●関宿の中心部。中町北側。関郵便局の東隣。
●資料館の開館は毎週月曜日と年末年始を除く毎日。月曜日が祝祭日の場合は火曜日が休館。4・5月、10・11月は毎日開館しています。
●入館料は大人300円、子ども200円。30名以上の団体はそれぞれ50円引き。
●館内の案内を希望される方は入口の受付で申し出てください。団体客等がない時には案内をしてくれます。

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<深読みコラム>

裏から見ると納得できる“もてなし”の心

“宝珠”とは

 旅籠玉屋のトレードマークと言えば何といっても虫籠窓になっている“宝珠”です。“宝珠(ほうじゅ)”は仏教に由来し、「意のままに願いをかなえてくれるもの」の意がある霊験あらたかな印で、先の尖った球形をしています。

 “宝珠”と聞くのは初めてかもしれませんが、実は多くの人が“宝珠”とは意識せずに、どこかで見ているのではないでしょうか。例えば、神社の高欄(縁の囲い)の柱の先端には宝珠(擬宝珠)が付けられています。宝形屋根の一番高いところに置かれた露盤にも宝珠が乗っかっています。救世観音の手には宝珠が乗せられています。稲荷神社の神紋は“宝珠”で、お稲荷さんの使いであるキツネ様の象徴でもあるので、稲荷神社へ行くと幟旗などにも“宝珠”があります。ねっ。どこかで見たことがあるでしょう。

 いずれにしろ、炎が勢いよく上がる様は物事の始まりを感じさせ、意のままに願いをかなえてくれる、とても縁起の良い印なのです。

玉屋の宝珠

 改めて玉屋の宝珠を見てみましょう。球形を示す円の上に3つの炎が並んでいます。先が尖った球形から炎が上がる“火焔宝珠”と言われるものです。炎は渦を巻き、その先は高く上に上がっており勢いを感じます。球形を示す円の部分の上半分には横に2本の筋が、下半分には縦に3本筋が入っています。この部分が虫籠窓になっていて、建物の内側にはめられた障子戸が少し見えています。この部分が窓になっているからこそ、玉屋の宝珠は漆喰彫刻ではなく虫籠窓なんです。

 旅籠玉屋のトレードマークとして、宝珠が用いられたことにはいくつかの理由が考えられます。
 まずは、やはり“宝珠”は玉屋の屋号にぴったりの印です。これは説明の必要がないでしょう。
 二つ目は、“宝珠”は誰もが知る目立つ印です。玉屋を目指して東海道を旅してくる旅人たちに、こんなにわかりやすい目印は他にはありません。
 そして三つめは、“宝珠”には泊まる旅人たちを喜ばせる縁起のよさがあります。縁起の良さは、客人だけでなく玉屋の主人にとっても望むところだったでしょう。
 この三つの理由だけでも、トレードマークとして“宝珠”の虫籠窓を作ったことは大成功と言えます。

旅籠玉屋の宝珠

正面デザインの妙

 関宿まちなみ研究所では、「深読みコラム」 らしいもう一つの理由を発見しました。正面デザインの妙です。

 規模の大きな旅籠のような2階が高い町家は、正面を漆喰壁にすることには不向きと言っていいんです。なぜなら、漆喰壁は大きくなればなるほどひび割れや剥離の危険性が増していきます。そして、せっかくの2階客室が暗くなってしまいます。さらに、構造的には1階正面が開放的であるために、柱や梁に土壁の重さを負担させる必要が生じてしまいます。このように、2階が高い建物の2階正面を漆喰壁にすることは、建物にとって不利な点がいくつもあるのです。

 同じく歌に謡われた二つの旅籠「鶴屋」と「会津屋」の正面意匠と比べてみると、その特異さが理解できます。「鶴屋」は2階が漆喰壁で虫籠窓がありますが、2階の成は低くなっています。その分千鳥破風が付けられてその存在を主張しています。一方、会津屋は玉屋と同じように2階が高いのですが、漆喰壁ではなく開口部には格子戸が並べられています。朝目を覚ますとそのまま向かいにある地蔵院を拝むことができることが名物だったとか。

【関連記事:「屋号を記した看板代わりの“袖壁”」


【関連記事:「脇本陣の格式を示す千鳥破風 “鶴屋”」

 加えて、土壁だけだと正面の意匠に面白みがないため、虫籠窓などをつける必要がありますが、成の高い壁に付ける虫籠窓はどうしても不格好になってしまいます。玉屋の虫籠窓も宝珠の両側に隅を切った方形の虫籠窓がありますが、虫籠窓としては決して格好の良いものではありません。大きな画用紙の真ん中に小さな絵を描いてもカッコよくは見えませんよね。これと同じことです。

 しかしどうでしょう。玉屋では壁の真ん中(正確には少し東によっていますが、出入口の真上にあたります)に“宝珠”をあしらったことで、壁全体が引き締まって見えませんか。これは、この建物の正面意匠を考えた職人さんのデザインの妙だと思うのです。

【関連記事:「関宿の町家の外観意匠 “真壁”と“大壁”」

内からも見える“宝珠”

 さて、“宝珠”は先(上)が尖った球形のものと説明してきました。しかし、玉屋の“宝珠”は上に三つの炎があるために、炎に隠れていて先が尖っているかどうかはわかりません。なので、ぜひ入館していただいて、2階の座敷から“宝珠”の虫籠窓の裏側を見ていただきたいのです。

 2階の座敷から“宝珠”の虫籠窓を見ると、虫籠窓の障子が外からの日の光を柔らかく反射して、“宝珠”の球形の輪郭を浮きあがらせています。

光と影で現れた宝珠

 ほ~ら、先が尖っているでしょう。これは、たまたまそうなったのではありません。球形が浮き上がるように、漆喰壁がその形で彫り込まれているのです。これを作った職人さんは、しっかり“宝珠”の形を理解していたってことです。

 その上、“宝珠”が街道からだけでなく、宿泊客が泊まる客室からも見られるように、意識して虫籠窓を作っているんです。街道からは炎が上がる勢いのある“宝珠”を、そして屋内からは光と影で浮かび上がる“宝珠”をです。

 こんな“もてなし”を考え付いた玉屋主人とそれを可能にした職人さんたちに、拍手を送りたい気分になります。

<参考にさせていただいた本など>

『鈴鹿関町史 上巻』昭和52年/関町教育委員会
『関宿 伝統的建造物群保存地区調査報告』昭和56年/三重県鈴鹿郡関町
『東海道五十三次関宿 重伝建選定30周年記念誌(別冊) 関宿伝統的建造物の前面意匠』平成27年/亀山市

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